木のはなし Vol.1 「栗」
’94年6月20日発行「栗」より
私は栗の木が好きである。
好きと言うより、他人とは思えないと言った表現の方が的確かもしれない。
何故と聞かれてもうまく答えられないが、以前多摩川の土手沿いにショー
ルームを開設した時も、手彫りの看板は栗であったし、現在の(94年当時)
成城ショールームの入口に立てかけてある大きな一枚板も、やはり栗であ
る。
そういえば純木家具のパンフレットの表紙用に撮影したテーブルは、幅
が1200mmもある見事な、これもやはり栗の一枚板であった。決して意図的
にそうしたわけではない。私は知らず知らずのうちに、随分栗の木を意識し
ていたことに、最近気がついた。
栗の木は、人を呼ぶ強い吸引力を持っているように思う。科学的には証明
できないが、展示会などで栗のテーブルをセットしている時と、そうでない時
の人の流れがまるで違う。私はそんな目には見えない栗の力強さに惹かれ
ているのかもしれない。
そういえば、拭漆で仕上げた栗の床板もすばらしかった。板の幅は列ごとに
不規則で、その家を手掛けた腕の良い棟梁自らその施工にあたった。しかも
200年は持つと思われるお屋敷に使われたのだから、嬉しさはひとしおであ
る。その床板は、きっと家がある限り息づいて、色つやと魅力を増し、存在し
ていくに違いない。私はいつも製品が手から離れるとき、その100年後の姿
を考える。今、世に生きるほとんどの人間が姿を消した100年後、その時代
を生きる人に囲まれ、愛されて存在し続けるテーブルの姿を思い浮かべる。
そしていつか昔のように、人と木が長いサイクルで共存してゆける日を取り
戻すことを夢見て、のるすくは見守り続ける立場でありたいと願っている。
学名:カスタネタ・クレナータ(Castanea Crenata)
北海道南部から本州、四国、九州の暖帯や温帯の山野に広く分布している
ブナ科の落葉高木。(都市近郊のものは、クリタマバチの寄生で衰弱していることが多い)
材は堅硬で、耐水・耐湿に優れているので木造家屋の土台・浴室用材としても最も賞用され、
建築(床柱・床まわり・棚・階段・手すりなど)以外にも、庭木や彫刻用材などにも使われます。