木のはなし Vol.2 「栓」
木のはなし Vol.2 ‘94年7月20日発行「栓」より
栓の葉はとても大きい。形からして、まるで天狗のうちわといった
様子である。樹の最大は、樹齢300年・高さ30メートル・直径100
センチにも及ぶ。実際これだけの巨木になるまで伐採されずに生き
延びることは、今の時代もはや奇跡とも言える。
300年生き続けることの重み。かの有名なベートーベンやシュー
ベルトはおろか、クラシックでいうバロック時代に生きたあのバッハ
でさえフーガの曲を奏でていた頃から、彼らはその場所で生き続け
てきたことになる。
この木は、人の寿命を100歳とするならば、その3倍の生命力を
持っている。人の3倍の時間を生き抜く、ゆっくりとした力強い生命
力が人々に安らぎと平和をもたらしてきたということは、言うまでも
ない事実であろう。
人間が使い捨てという、自然の法則にあってはならない手段を取
り始めた頃から、急速に自然との共存のバランスが崩れ、僅かの間
に取り返しのつかない地点まで来てしまったように思う。そんな身勝
手な人間にすら、彼らは今もなお、無言でその偉大な生命力を提供
し続けている。そんな彼らに対し、育った年月と同じだけ使えるもの
に形を変える役目に携わることが、今我々にできるせめてもの感謝
の具現なのだ。
栓の板は加工がしやすい為ベニヤ材としても使用される。厚さ6セ
ンチの厚板一枚から、みるみる0.3ミリのベニヤ材が200枚も製造
されてゆく。もはや木の呼吸は閉ざされ、見た目だけの木目が無表
情に横たわる。どのような使い方をされたとしても、生命を断ち切られ
た彼らは、その後20年存続することが限度かもしれない。スライスさ
れた200枚のその木目は、育った年月の10分の1にも満たない時
間の早さで、全てが消滅してゆく。
質より量が求められた戦後の高度成長期の中、需要と供給のバラ
ンスや価格のことを考えると、それも仕方のないことだったかもしれな
いが、ほとんどの物がゆきとどいた今日こそ、人間社会の必要枠の中
だけで物事の結論を出しすぎていたことを反省し、本来あるべき全体
意識に経ち返らなければならない時が来たように感じる。
栓の話から少しそれてしまった気もするが、この時代にこれから後代々
受け継がれてゆく本物の素材を手にしていただいた方々へ、改めて感謝
の気持ちを伝えたい。
夏の風鈴に心を傾け、秋の落葉に黄昏る。四季を生きる日本人の心に
自己主張も程よく、調和を重んじる美しく繊細や栓の木目は、とてもしっく
りくるように思える。
私もこの栓の木目のような生き方ができたら、幸せなのかもしれない。
学名:カロパナックス・ピクトゥール
日本全土、アジア東北部に分布するウコギ科の落葉高木。
枝に鋭いトゲがあるので“ハリギリ”と呼ばれている。
材としての欠点は比較的少なく、加工しやすく木目が明瞭で美しい。
用途は家具材の他、建築用材や公園樹など。